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2005年9月20日 (火)

ケネス・グレアム『たのしい川べ』

 ケネス・グレアム (1859~1932) は四歳になった一人息子のアラステアのために毎晩お話を聞かせていました。アラステアが海辺に旅行したときは、せがまれて話の続きを手紙に書いて送っていました。偶然その手紙を見た知人の女性はグレアムにその物語を本にして出版するようにすすめました。こうして二十世紀前半のイギリス児童文学を代表する不朽の名作『たのしい川べ』(1963 岩波書店 原題は The Wind in the Willows ) は世に出たのです。この物語はテムズ川の岸辺に住むネズミやモグラやヒキガエルたちの物語です。アシの茎の間をふくそよ風、ごちそうの入ったバスケットを用意した楽しい舟遊び、黄色く色づいた麦畑の中の散歩、そして彼らのつつましくも豊かな生活はどうでしょうか。森の中で夜を迎えたネズミとモグラはアナグマの家の扉をたたきます。アナグマは彼らを招き入れて暖炉の火で暖め、ラベンダーの香りのついたきれいな麻のシーツのベッドに寝かせます。翌朝はコーヒーと焼いたハムとバタのたっぷり塗ったトーストが食べ放題でした。学校へ行く途中で迷子になったハリネズミの兄弟もお相伴しています。何でもないこと、日常生活のささやかな喜び、友人との炉辺の語らい、心のこもった朝食、それが川辺で何時間も小さな動物を見てすごした幼き日のケネス・グレアムの夢だったのです。
 グレアムは五歳のときに母を亡くし、ほどなく父親は四人の子を捨てて家をでました。孤児になったグレアムは祖母の家で育てられ、それでも学業・運動ともに最優秀の成績をあげオックスフォード大への進学を希望していました。しかし、親類の反対に会って泣く泣く進学を断念、「葡萄は酸っぱいものであり、希望は無情なものだ」と後日彼は語っています。叔父の縁故で十七歳でイングランド銀行に就職、その人柄の良さと実務能力の高さで順調に出世して史上最年少三十九歳でイングランド銀行の総務部長に就任、四十歳で結婚し、翌年アラステアが生まれました。結婚生活は夫人の性格ゆえにかなり不幸だったと言われています。身体に障害を持ってうまれたアラステアは二十歳のときに鉄道自殺を遂げました。銀行を退職した晩年のグレアムはもう二度とペンをとることはなく、寡黙のまま七十三歳の生涯を閉じました。
 『たのしい川べ』の美しくも不思議な第七章を思い出しましょう。迷子になったカワウソの子供を探しに出たネズミとモグラは、川辺でカワウソの子供を寝かしているパンの神に出会います。パンの神の笛はこの世ならぬ響きの中で彼らに最後の贈り物「忘却」を残して行きました。恐ろしい思い出がこの世の楽しさと喜びを損なわないように、、、。

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