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2005年9月 2日 (金)

アイザィア・バーリン『ジョセフ・ド・メストルとファッシズムの起源』

 人間はもともと理性的で社会的な存在であり、馬鹿者に惑わされなければ自分自身と他人の最善の利益の何たるかを理解し、それを実現するための最良の法を見つけ出せる、あるいは見つけ出せなくとも次善の法によって、社会に安定した調和をもたらすことが可能である、このような考えは18世紀以来西ヨーロッパのほとんどすべての知識人(ヒュームやカントやペインやモンテスキュー等々)が共通して抱いていたものでした。彼らは自然科学の知識がめざましくも人間の知の領野を拡大し精密にしていったように、人間倫理や政治上の諸問題もいつかは解決可能であると信じていました。
 ジョセフ・ド・メストル(1753~1821) はそのような考えの根底にはある傲慢さが潜んでいると指摘します。彼は社会を弱く罪深い人間、矛盾する要求に引き裂かれ、何らかの合理的な公式によって正当化するには余りに破壊的な諸力にあちこち引き回されるそういう人間たちが織り成す解きほぐせない網の目と見ました。鶏を殺さねばならないとすれば涙を流す連中が戦争では平然と殺人を犯します。愛するために生まれ、他人のために涙を流し、人に喜びをもたらし、詩や物語を作りそれに涙する、そういう人間が戦争と殺戮に陥り、嫌悪感をもよおす所業とともに奈落に落ちていく。なぜ兵隊は従順な動物のように殺し殺されるために喜んで送り出されるのか。もし人々が自分の利益を追求するのならば、なぜ話し合って普遍的な平和を実現しようとはしないのだろうか。適切な解答はただ一つ、殺し合って自ら生け贄になろうとする欲求が自己保存や幸福への要求と同じように根源的なものだということです。戦争は人間の運命であり、この非合理的な解決が有史以来人間が選択してきたことなのです。
 非合理的なものはその非合理であるがゆえに存続するのです。結婚制度は自由で成長する人間にとっては非合理なものです。なぜこのような強情なみせかけの制度が存続しているのでしょうか。その理由は結婚がその非合理性に基礎を置いているからです。自由な恋愛関係は全歴史全地域を通じて常に破綻せざるを得ませんでした。およそ合理的なものはなんであれ、人間の作為になるがゆえに崩れ去るのです。このような社会は合理的な制度や理性的な人間によって維持されるのでなく、自己犠牲を厭わない人間、社会や他人のために自己の快楽や利益を無視して受難し死んでいこうとする人間によって支えられているのです。受難だけが人間を救う、「人間だけが自分をいやしいと感ずることができる」また人間だけが自分を天使だと思うこともできるのです。
 アイザィア・バーリン(1909~1997) のこの本(岩波書店「バーリン選集」第一巻「理想の追求」所収)は同じ著者の『ハリネズミと狐』(岩波文庫)とともにわが国では数少ないメストルの紹介書です。

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コメント

はじめまして トムです。
バーリンの著作をまとめて読んでいてこの論文にぶつかりました。ハリネズミと狐も読みましたがこの論文は人に衝撃を与えますね。
不気味であると共に一気に読ませる力があります。メストルの著作は翻訳されていないようですのでちょっと残念です。ただメストルを探す過程で「憂愁書架」さんを知ったのは大いなる収穫でした。「憂愁書架」さんはただ者ではないと感じました。日本から消えようとしている真の教養人のお一人とお見受けいたしました。これからも時々覗いて読ませていただきます。
これからもずっと書き続けて下さい。

投稿: トム | 2007年5月30日 (水) 10時03分

トム様、わざわざコメントありがとうございます。私は市井の一読書人にすぎません。目を留めていただき恐縮しています。メーストルは私の大好きな思想家の一人です。つたないブログですが、またいつか共鳴されることがあればお便りください。
どうかこれからもよろしくお願いいたします。それでは。

投稿: saiki | 2007年5月30日 (水) 23時40分

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