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2005年9月17日 (土)

ジャック・ロンドン『荒野の呼び声』

 ジャック・ロンドンの『荒野の呼び声』(1997岩波文庫) は凄まじい小説です。マイナス六十度の酷寒のアラスカの犬ぞりを引く犬の生活を想像してみて下さい。一日四十マイルも重い積み荷を引っ張り、食事は鮭の肉一切れ、凶暴な仲間の犬たちとの飽きることのない血みどろの喧嘩、そりを引く人間の容赦ない鞭と棍棒の嵐等々、主人公バックは何度も死にそうになって体中傷だらけ、そしてついに精魂つきて息が切れる寸前にジョン・ソーントンに助け出されます。ソーントンに庇護されている間にバックは彼に激しい愛情と尊敬を抱くようになりますが、この愛情もまた想像を絶する激烈さです。バックは彼を助けるために激流に飛び込み、彼のために半トンの積み荷を一匹で引っ張る無謀な賭けに勝利します。そしてソーントンが死んで、愛情の対象が消失した後では、バックを捉えるものは闘争と放浪の本能しかありません。こうして最後にバックは飢えながら動物や人間を襲うオオカミの群れに加わっていくのです。
 こんな小説のどこが読者を魅了するのでしょうか。それは私たちの人生がまさにこのバックの生活に酷似しているからに他なりません。私たちは犬ぞりを引くようにチームを組んで仕事をします。スピッツのように気難しいリーダーやパイクのような怠け者の同僚など、仕事そのものより彼らとの暗闘の方で神経を使います。また仕事を終えた後ではおさえようのない闘争心が頭をもたげ、激しいスポーツで敵と激突し、あるいはテレビで格闘技に夢中になるでしょう。また時として私たちは人を激しく愛するのです。恋人を、妻を、子供を、ただただどうしようもなく激しく愛するのです。そして、いつかすべてを忘れ、どこか遠いところへ出奔したいと思い、あるいは故郷への道の半ばで倒れるかも知れません。それらすべては洗練されてもいず、辻褄もあわない、ひたすら激烈であるしかないものです。私小説など嘘の塊であるとその時私たちは気づくのです。
 ジャック・ロンドンはさまざまな小説を書いていますが、オオカミが主人公の物語『白い牙』も大変素晴らしい。私は読み返すたびに最後の一頁まで一気に読んでしまいます。

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