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2005年8月14日 (日)

ファン・フーリク『中国のテナガザル』

 唐代の文人柳宗元は若くして集賢殿書院正字に任官しましたが、後ろ盾であった王淑文の失脚により、遠隔地である柳州の長官に左遷されました。彼はそこで没するのですが、詩の中で、自分たちを失脚させた宮廷の人々をマカク、つまりありふれた猿に、王淑文や自分をテナガザルに擬しています。マカクは凶暴で粗野、テナガザルは高潔で礼儀正しいので、「善と悪は郷を同じうせず」すなわちテナガザルはマカクたちの間で暮らすことはできないのです。マカクとは孫悟空の猿であり、芸をする猿です。テナガザルに芸を仕込むなどは不可能です。彼らは猫のように高貴で自由を愛します。人里を嫌い深山幽谷に住み、他の猿たちを自分たちより一ランク低いものと見なしています。この超然たる態度は中国人の心を打ち、彼らこそ類人猿の中の君子であると思わせたのでした。
 天才詩人李白は子供のときにテナガザルの生息地の四川で育ったのでテナガザルを他の猿と見違えることは決してありませんでした。彼はその放浪の生涯の間、テナガザルについて多く書いており、それは八世紀のテナガザル生息地についての貴重な資料となっています。
  秋浦多白猿  秋浦に白猿多し
  超騰若飛雪  超騰(とんだりはねたりする)飛雪の如し
  牽引條上兒  條(えだ)の上の兒を牽引し
  飲弄水中月  飲んで水中の月を弄ぶ
 ファン・フーリク(1910〜1967)の『中国のテナガザル』(1992博品社中野美代子高橋宣勝訳)は、この動物の中の貴族ともいうべきテナガザルについての貴重な報告・研究です。彼は自身もテナガザルを飼い、その生態を詳細に観察していました。テナガザルは完全な一夫一婦制を守り、少数の子供を大事に育てます。(「断腸の思い」という言葉は子供を失ったテナガザルの母親の腹を割いてみたら腸がずたずたに切れていたところから来ています)主食は果物で、生活のすべては樹上で過ごされるため、枝から枝へわたるブラキエーションを何年もの練習で会得しなければなりません。テナガザルを飼うことは、その悲しい別れに耐えることです。成人した彼らは森に帰らねばなりません。九世紀の詩人・音楽家・軍人であった王仁裕が職を辞し故郷への帰途漢江で休んでいると、たくさんのテナガザルが清流を飲みに降りてきました。すると一匹のテナガザルが群れの中から離れて道ばたの古木にぶら下がってこちらを見ています。それこそ彼がかって飼っていた野賓と名付けたテナガザルで、人間と動物は互いの姿が見えなくなるまで泣きながら声を掛け合っていたとのことです。
 オランダの人ファン・フーリクは駐日大使も務めた碩学の外交官・学者・作家で、七世紀の実在の判事狄仁傑を主人公にした推理小説のシリーズは有名です。また名著『古代中国の性生活』(1988せりか書房)の作者としても知られています。

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