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2005年8月 9日 (火)

樋口一葉『わかれ道』

 明治29年に発表された『わかれ道』は短編ばかりの一葉作品の中でもさらに短いもので、わずかでも余分なところはすべて切り捨てたシンプルな構成は天才の技でしょう。登場人物は捨て子だった若い傘職人の吉三と年上の裁縫師お京の二人のみ、冒頭は吉三が夜にお京の家を訪れ、焼き餅をたべながら話をする場面です。吉三は十六歳で町内の暴れん坊、しかし、お京はそんな吉三を弟のように思い、吉三もお京の前では心をすっかり開いて親方夫婦への愚痴や自分の不遇について話します。お京は注文のたまった裁縫の手を休めず、優しく吉三の話を聞いてあげるのです。しかし、ここで突然二人に別れがやってきます。手間賃仕事の煩わしさと貧乏な境遇に嫌気がさして、お京が妾に行くことを承諾してしまうのです。吉三はそんなお京を「何んな出世になるのか知らぬが其処へ行くのは廃したが宜らう、何もお前女口一つ針仕事で通せない事もなからう、あれほど利く手を持って居ながら何故つまらない其様なことを始めたのか余り情けないでは無いか」となじります。するとお京は「それでも吉ちゃん、私は洗い張りに倦きが来て、もうお妾でも何でも宜い、何うで此様な詰まらないづくめだから、いっその腐れ縮緬着物で世を過ぐさうと思うのさ」と弁解します。吉三は「もうお京さん、お前には会はないよ、どうしても会はないよ」と言って背を向けます。必死に留めるお京、しかし吉三は目に涙を浮かべてお京の手を振り払おうとします。わずか13ページの物語はここで終わります。
 小説の目的は人間の真情を描くことである、人間の真情は金持ちや高位高官の人間の中には現れない、そして人間の真情は切羽詰まった状況のときに劇的に現れる、以上が一葉作品の基調をなす考えです。その根底には一葉の高い志、弱きを助ける正義感、深い文学的教養があります。時代の転変とともに埋もれて行く明治東京の庶民の心持ちは彼女の手によって鮮やかに残されたのです。

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コメント

はじめまして
 一葉の面白い作品のご紹介と、人間の心情についてのコメントに共感を覚えました。是非、近いうちにこの作品を読んでみたいと思いました。

TBさせていただきます。
今後ともどうぞよろしく御願い致します。

投稿: 幻想画家ユージン | 2005年8月 9日 (火) 18時59分

ユージンさん、コメントありがとうございます。
お返事を書いたつもりが送信されていなかったことに気づいて慌ててまた書きました。
これからもよろしくお願いいたします。
それでは、、

投稿: argus | 2005年8月26日 (金) 02時44分

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