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2005年8月27日 (土)

スエトニウス『ローマ皇帝伝』

 競馬好きのカリグラは贔屓の馬インキタトゥスのために象牙の飼葉桶、宝石の首輪、紫紅染の毛布、さらに家と奴隷と家具まで与えました。この馬を執政官にするつもりでいたとも言われています。「カリグラの気違いじみた行いは少しも私を驚かさない」とウ゛ォーウ゛ナルグは『反省と格言』の中で書いています。「私の知人の中にも、もしローマ皇帝であったなら自分の馬を執政官にしたであろう人間がたくさんいる」と。実にそのとおりです。私が頭に浮かべているのは、そうまさにあなたのことなのです!あなたは遠い親類ということだけでローマ皇帝という史上最高の権力を手にしました。まず、あなたは自分の地位を脅かしかねない人間、普段から気にくわないと思っている人間、自分に嫉妬ばかりおこさせる立派な人間を次々処刑するか自殺に追い込みます。さらに、自分の欲望を存分に満たすために他人の妻、神殿の聖女、自分の身内まで犠牲にします。お金を湯水のように使い、金庫が枯渇すると、あらゆる奸策を弄して市民から税金を吸い上げ、遺産を没収します。これこそカリグラやネロが行ったことで、たぶんあなたが彼らだったら行ったかも知れないことなのです。
 スエトニウス(70頃~130頃)の『ローマ皇帝伝』(岩波文庫1986)はカエサルからドミティアヌスまで12人の皇帝の伝記ですが、特にアウグストゥス、カリグラ、ネロの記述は際立っています。スエトニウスは様々なエピソードを平面的に等価に並べることで逆に彼らの人間性を立体的に浮かび上がらせることに成功しました。カリグラは闘技場で剣闘士が拍手喝采されると、嫉妬に狂って見物席を猛烈な速さで走り、自分の市民服の裾を踏みつけ、階段を真っ逆さまに転がりおちますが、「人類の主人たるローマ人があんな剣闘士風情に大きい名誉を与えてやるとは」と叫ぶのを忘れません。カリグラは自分は精神の病を持っていると自覚し、ある時は田舎で脳を浄化したいと思う時もありました。彼は朝、アシアから来た子供の芸人達が夜の出し物のために遊歩場で稽古をしているのを見て激励してやろうと近づいたとき暗殺者に襟首を刺されて29歳で死にました。ネロの最後は何人も共感できるのではないでしょうか。追いつめられて、何度も自殺しようとするが思い切れず、追っ手の騎馬兵が近づいたのを見て、「今や足早に駈けてくる馬の蹄の音が、わが耳をうつ」とイリアスを引用しつつ、ついに自分の喉を刺し貫きます。アウグストゥスは真に偉大な生涯の最後に、傍らの妻に「リウィアよ、われわれの結婚生活を忘れずに生きてくれ、さようなら」と言いました。
 スエトニウスは『皇帝伝』の他に『名士伝』もありますが、なぜか私はほぼ一世紀前の前漢末に『列仙伝』『列女伝』を著した劉向を思い出します。彼らは二人とも皇帝の文書係でした。

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