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2005年8月12日 (金)

エミール・マール『ヨーロッパのキリスト教美術』

 エミール・マールの『ヨーロッパのキリスト教美術』(1995岩波文庫)は美しい偏見に支配されています。それは13世紀という時代とフランスという国への賛歌です。ゴシックの晴朗さは大聖堂を生み出しました。「フランスはこれ以上偉大なものを何も作らなかった」し、「フランスだけが大聖堂を世界の像に、歴史の集約に、精神生活の鏡にすることができた」のです。大聖堂の中に入ってみましょう。「自分の心が清められたと感じることなしにアミアンの巨大な身廊へ入ることはできない。この教会は、その美しさだけで秘蹟のように働きかけるのである」現代の私たちでさえ感じることを中世の人たちはどれだけ生き生きと感じたことでしょう。彼らにとって大聖堂は完璧な啓示、芸術以上のもの、世界そのものであり、その中で神と人とが溶け合うのです。全ヨーロッパを通じてシャルトルに比肩しうるものは存在しません。それはカトリック的、つまり普遍的なものへのフランス人の熱情を語っています。その偉大な世紀にフランスのすべての生命力が、シャルトルに、アミアンに、ランに、リヨンに、サンスに、ブルジェに、ルーアンに、ランスに、そしてパリに結集したのです。
 14世紀、そして15世紀になるともはや芸術は天上の反映であることをやめてしまいます。キリスト教の基調は愛から苦しみへ、そして死へと移ってきます。何よりヨーロッパを席巻したペストが人々を恐怖に陥れ、その救済を諸聖人への信仰へと向かわせたのでした。ここではその一人聖ロックについてだけ紹介しましょう。彼は疫病が流行し始めた時期にモンペリエで生まれ、成年に達するとローマへの巡礼行脚を企てました。ところが旅の途中でペストから逃れる人々の列に遭遇したロックは、一目散に逃げ出すかわりに疫病の街に赴き、献身的に病人の看護にあたったのでした。彼は普通の人々と反対に、ペストの跡を辿り廻って、チェザーネへ行き、リーミニへ行き、ついにローマに達しました。彼は疫病のため人口が半減し巨大な墓場と化したローマに三年留まり、そしてフランスへの帰途、ついにピアチェンチェでペストに感染しました。彼は森の中に身を潜め、静かに死を待ちます。ここに感動的な伝説が始まります。犬が聖ロックに日々のパンを運んでくるのです。彼は体力を回復し、故郷モンペリエに帰りますが、しかし、ぼろぼろの衣服でやせ細った彼を身内の人間も否認し、スパイの嫌疑で牢屋に入れられ、そこで32歳の生涯を閉じます。彼が生涯でなしたことといえば一身を捧げる事だけでした。人々はペストからの癒しをこの聖人に求めました。その像の下には常に一匹の犬がパンをくわえて付き添っているのです。

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