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2005年7月24日 (日)

メアリー・カー『うそつきくらぶ』

 ティム・バートンの映画『ビッグフィッシュ』はホラ話ばかりをする父親とその息子の心の通い合いを描く感動的な映画ですが、メアリー・カーの『うそつきくらぶ』(1999青土社・永坂田津子訳)もホラ話の好きな父親と娘の愛情の交流がひとつのテーマとなっています。
 石油会社の労働者である父親は非番の日に仲間と酒を飲みながらバカ話をするのが楽しみなのですが、婦人を閉め出した男だけのこの「会合」を妻たちは「うそつきくらぶ」と呼んでいました。幼かったメアリーはこの飲み会に同席することを許されて、そこで非凡な物語の語り手である父親のとんでもない話を頭の中に刻みこんでおきます。父親とその仲間たちは、回想録という副題のついたこの本の中で唯一肯定的に描かれています。「そこにはともかく消えていこうとするものの輝きがあった」と著者は書いています。そして彼ら以外は、、、すべて徹底的に洗いざらいこき下ろされ、裸にされ、気の済むまでに活字の上で復讐されているのです。
 舞台はイーストテキサスの亜熱帯の土地、「ビジネスウイーク」誌が世界で最も醜悪な10の町の一つに選んだリッチフィールドです。毒蜘蛛や毒蛇が出没し、海にはサメや毒エイが潜み、毎年恐ろしいハリケーンが襲い、さらに石油工場、化学工場、枯葉剤製造工場まであって、空の色を不気味な緑色に変えています。ここでは殺人や自殺が日常茶飯事です。「イースト・テキサスの言い方では」と著者は書いています。「神経症(ナーバス)になるという語は常習的に爪を噛む癖のある人から正真正銘の精神病にいたる何にでも当てられるが、いずれもぴったりくるということである。道路下のシビドーさんは女房と息子三人の頭を散弾銃でぶちぬき、それから家に火を放って散弾銃をあごの下にあてて爪先で引き金を引いた」
 無学で粗暴だが優しい父親、7度も結婚をしたアル中で精神病の母親、奇矯な行動を繰り返し癌で死んでいく祖母、頭は良いが合理的で冷たい姉などが主要な登場人物ですが、それにしても著者の記憶力の細かさは驚異的です。7歳から10歳までの思い出を400頁を越えて書き込むことなど誰ができるでしょうか!この本の主眼の一つは父への愛情であり、父が携えてきたものへの愛着です。物語は父の死によって終わりますが、そこではじめて、「父さんは省略によって最高のウソをついた」ことがわかります。メアリー・カーのこの本は彼女がアメリカ伝統のトール・テールの由緒正しい継承者であることを語っています。

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