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2005年7月15日 (金)

小林よしのり『東大一直線』

 『原色よい絵よくない絵事典』(黎明書房)には子供の絵について興味深いことが書かれています。子供の絵の中でよく表現されること、電車が空を走ったり、チューリップが女の子と同じ大きさだったりすることは、子供の感動の率直な表現です。三等身や二等身で描かれた人間は、その子供にとって何より顔が重大な意味を持っているからに他なりません。ところが遅くとも小学校高学年になると、絵は現実の客観的な描写に近づこうとします。現実原則に屈した子供はもはや二度と彼自身の「絵」を描くことはないでしょう。ただ天才のみが感動を大人にまで持ち続けることができるのです。
 小林よしのり『東大一直線』(小学館コロコロ文庫)の主人公東大通は妄想の中で生きています。オール1の通信簿をオール一番と思い込み、張り出されたテストの成績を逆からみて自分が一番と思い込みます。しかし、ついに高校入試の日がやってきます。自分が秀才と思い込んでいる通は県最優秀校オサール学園を受験します。通の父親はそれまで通にせがまれて落書きするためだけの参考書を買ったり、全く意味もない進学塾に通わせたりしてきました。受験に出かける通を両親は家の前で見送ります。「いってこい、通!」と父親は通に声をかけます。「今さらむだだからよせとはもういわん。おまえの気のすむまで答案用紙をよごしてこい」その瞬間、父親の目からは涙があふれてきます。「こんどこそ、通、おまえは現実をしらされねばなるまい、、、おまえの頭の中の現実を、、、おまえの頭の中の現実、それは0だ、無だ、空だ、パーなのだ、、」
 無論、これはひとつの寓話です。大人になることは現実原則を耐えて受け入れることであり、それ以外ではありません。「人は神の死から悲しみとともに立ち上がらねばなりません」とリルケはルー・ザロメに宛てた手紙で書いています。神とは自分自身のことです。
 『東大一直線』は9巻まで出て、さらに続編も出ました。しかし、私は青春の笑いと痛さを描いた中学篇(5巻まで)が好きです。

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コメント

こんにちは トムです。
憂愁書架さんがこのような作品にまでコメントされているとは驚きました。とても高い所にいる方だという気持ちが薄らぎました。私も昔この作品が好きで単行本を持っていたのが懐かしいです。今、好きな漫画家は平田 弘、岩明 均、ちば あきお といったところでしょうか。この間古本屋でちば あきおの「ふしぎ トーボくん」を見つけ懐かしくて買ってしまいました。相変わらずちょっぴり悲しいラストでした。子供の頃読んだ本やマンガの影響は思いの外強いものですね。私の現在の性格形成に確かに影響していると思います。

投稿: トム | 2007年10月 3日 (水) 15時20分

トムさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
子供時代に夢中になった漫画というのはあまり思い出せないんですが、意識して読むようになったのは大人になってからですね。『東大一直線』は古本屋を回って古いジャンプコミックスを一巻一巻集めました。「東大」「現役」「漫画」という名の少年たちが織り成す、痛ましく、せつなく、おかしな世界、青春とはそのまま錯誤である、ということが身にしみて感じられます。ただし、高校時代に入ってくると、屈折した権力欲が露骨に出すぎて漫画としては上等とはいえないようです。
二年前の引越しのとき、漫画を全部他所に移してしまったので、今は手元にありませんが、そのおかげで時間を潰してしまうこともなくなったようです。傍らにあると、すぐ読み始めてしまって、十巻ぐらいはあっという間に読んでしまいますので、、、。それではまた。

投稿: saiki | 2007年10月 4日 (木) 14時13分

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小林よしのりの最高傑作として、「週間少年ジャンプ」に連載されていた「東大一直線 [続きを読む]

受信: 2006年1月 2日 (月) 19時01分

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