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2005年7月 1日 (金)

佐貫亦男『発想のモザイクー技術開発の民族風土』

 著者が普通のハイキング靴で雨のアルプ(高原)を歩いていると、上等な山靴で足回りを固めたドイツ婦人が著者の靴を見て、「ガンス・ナース(びしょ濡れだわ)」と哀れむような、いや軽蔑さえ浮かべた表情で指摘しました。これが実にドイツ的で、もしイギリス人ならその服装から相手の山歴を推定することはあっても、粗末なハイキング靴だけでその人を軽く見ることは絶対にないだろうと著者は書いています。ドイツ人の関心は装備(道具)のみにありますが、イギリス人の関心は人間にあって、道具は手段にすぎません。ドイツ人が道具に示す様々な配慮(カメラの下げひもにこぶをつけるとか、万年筆は必ずペン先を上にして落ちるとか)は、それを使う人間へのあたたかな思いやりなどではなく、道具そのものへの愛着にすぎないのです。というより、ドイツ人は道具しか愛せないので、道具作りに没頭しているときは鬱陶しい人間関係を忘れることができるのです。つまり、精巧なカメラや居心地のよい車両デザインの後ろには、妻の小言や我慢ならない隣人や凡庸な同僚のこを忘れて設計図を前にパイプをふかしながら幸福な時間を過ごしている技術者の姿があるのです。
 その反対に人間性の冷静な観察者であるイギリス人は、人間関係のトラブルを恐れず、また大人なので、本質的でないことに没頭することを嫌います。といって尊大でもなく、一度友人になると最良の友人になるのはイギリス人だそうです。著者によれば、イギリスに長く住んだ日本人でイギリス人の悪口を言う人は一人もいず、ドイツに長く住んでドイツ人の悪口を言わない日本人は一人もいないそうです。
 『ドイツ道具の旅』『ドイツの街・道具と心』などの著書のある佐貫亦男(1908-1998) の『発想のモザイク』(1972中公自然選書) は、道具を通してヨーロッパの国民性を論じた興味深い本です。ドイツ人に対してかなり辛辣な見方をしている理由は著者の若い頃のドイツへの憧れの反動によるものでしょう。著者は昔、ベルリンでローライフレックスのカメラを購入して、そのメカニズムの素晴らしさ、使用法を書いた本の完璧さに打たれ、ドイツの技術と風土に激しい愛着を感じました。しかし、その後、彎曲せずにぽっきり折れるドイツの脆さ、合理主義から神秘主義に、そして一気に自殺に走る(ベルリンには自殺者専用の墓地がある)ドイツの精神的未熟さを冷静に見つめるようになります。人は本当に愛したものだけを憎む、と言ったのはマキャベリだったでしょうか。

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コメント

本書を買ったのはS43.9.3 小倉 とメモってありあります。出張で小倉の新日鉄へ出かけたとき町の本屋で見つけて買ったもの。
最近ドイツに関する本を読んでいますので読み返しています。著者は戦時中技術者としてドイツに滞在、文系人間には見えないドイツ人をよく見ている。ドイツ人は自殺者が多いと言われるとなるほどと思う。
若きベルテルからヒトラーまで。イギリス人と比べると大人と子供の違いといういうと言い過ぎかな。

投稿: 堀内信幸 | 2016年1月22日 (金) 11時56分

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