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2005年5月20日 (金)

天草本『伊曾保物語』

 昔買って読んでない本を適当に手にとって読んだりしています。『伊曾保物語』(1593)は原本が大英博物館に一冊のみという天下の稀覯書ですが、内容は外人宣教師に邦語を、邦人信徒に洋語を教えるために印刷されたそうで、全文ローマ字で書かれ、岩波文庫ではそれを漢字仮名まじり文に翻刻してあります。
 無論、イソップのお話ですが、私はイソップに全く無知だったので大変勉強になりました。マシモ・プラヌーデのイソップ伝が冒頭についています。それによると、イソップは世界に並ぶもののない醜い男で、しかも言葉がうまくしゃべれず、主人は彼が事務ごとは無理だから農夫の手伝いをさせようと畑に送り出します。その朝、農夫の一人が主人に熟柿を持ってきたので、主人は二人の小姓を呼んで、風呂上がりに食べるからとっておけと言いました。二人の小姓は、このうまそうな熟柿を食べてしまって、それをイソップのせいにしてしまおうと謀ります。風呂から上がった主人が熟柿をもとめると、二人の小姓は「イソップめが食べてしまいました」と讒言します。そこで主人はイソップをよぶと、イソップは吃って何も言えません。いよいよ彼が食べたのだと主人は確信して、家来にイソップをむち打つよう命令します。ここにおよんでイソップは主人のまえに平伏し、なにとぞしばらくお待ちを、と必死の覚悟で訴えました。そしてぬるい湯を大茶碗に持ってくると一気に飲んで、指先を口に入れ、胃中のものを吐き出しますが、朝のことで、湯以外は出てきません。さらにイソップは讒言した二人の小姓にも同じことをさせるよう主人に嘆願します。この瞬間主人はイソップが才幹であることに気づきます。早速二人の小姓を呼んでぬるま湯を飲ませると熟柿を吐き出しました。主人は二人に罰を与え、以後イソップをことのほか重んじるようになりました。
 イソップはその知力と博識で、全地中海世界にその名を轟かせます。その生涯のエピソードは我が国のとんち彦一や一休さんによく似ているものもあります。彼は人を説得するに、わかりやすく親しみのある動物を用いて話しました。こうして、狐やオオカミや鶏が彼のお話の主人公となっていくのです。
 その中で一つだけ紹介しましょう。海岸を歩いていた蟻は波にさらわれて海の中で溺れそうになります。近くの梢にいた鳩がそれを見て、枝をくいちぎって、その一片を海に落とします。蟻はその枝の上に体をのせて、かろうじて陸に上がることができました。その後すぐ、鳩は漁師の罠にかかります。しかし、蟻が漁師の足に噛み付き、漁師が気を取られている間に、鳩は罠から脱出します。「恩を忘れたら蟻にも劣るものじゃ」というのが教訓です。
 イソップの話は巧利主義的で、キリスト教倫理とはいかなる意味でも一致しないところが興味深いといえましょう。

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