« ユンガー=シュミット往復書簡 | トップページ | 天草本『伊曾保物語』 »

2005年5月 1日 (日)

チョムスキー『言語と認知』

 「プラトンの問題」というものがあって、それはバートランド・ラッセルの要約によれば、「人間は、世界との接触が短く、個人的で限られたものであるにもかかわらず、かくも多くのことを知りうるのはどのように可能なのか」というものだそうです。プラトン自身は、それは我々に前世からの記憶があるからだと答えたのですが、ライプニッツはこの考えを基本的に正しいとして、しかし、前世という考えは否定しました。つまり、プラトンのいうように、人間の知識は何か生得的な機能から導き出せるというのです。これは幼児の言葉を覚える速さ、特に生後4日目には母語と他の言語の区別ができるという事実(!)などの理由を説明します。そして、これは日常的な小児の会話にも現れるでしょう。日常の会話は実に多様であって、同じことの繰り返しは決して現れず、常に予期せぬこと新しいことの創造です。外国に行ったときに、会話集の本が役に立たないのはこの理由によるのですが、すでに人間は2、3歳でこのようなスリリングな会話を楽しむことができるのです。チョムスキーはまた、一つの言語を完全に習得している人間はすべての言語に通ずる概念の生得的なストックを持っていると語っています。
 ところで、人間の生得としての言語機能が一つであるなら、なぜかくも多種多様な言語が存在するのでしょうか。G・スタイナーも同じことを考えていて、彼はアフリカの隣接する部族はその風土・人種・気候が同じにもかかわらず全く異なった言語を話す例を挙げています。スタートレックの乗組員が出会う異星人は複数の言語を話すことで異星人同士が意思疎通に苦労することがあったでしょうか。
この話は後日続きを書きたいと思っています。

|

« ユンガー=シュミット往復書簡 | トップページ | 天草本『伊曾保物語』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/113600/4446422

この記事へのトラックバック一覧です: チョムスキー『言語と認知』:

« ユンガー=シュミット往復書簡 | トップページ | 天草本『伊曾保物語』 »