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2005年3月24日 (木)

中島敦『李陵』

ちくま文庫の中島敦全集(全3巻)を暇なときにぱらぱら読んでいきました。実は今までに『山月記』と『名人伝』しか読んでいなかった!孔子の弟子の子路を描いた『弟子』は途中退屈し、『光と風と夢』や『わが西遊記』はあまり面白いとは思えませんでした。しかし、最高傑作の評価高い『李陵』はさすがに脱帽しました。文体の格調の高さ、抑制された感情、人間洞察の真摯さは凡百の歴史小説を越えています。
中島敦は漢学者の息子として四谷の箪笥町、つまり東京の中心に生まれました。こういう人間が小説家になっても、書くものなぞ何もないのです。声だかに主張したいものなど何もありません。叫ぶことは彼の美意識に反するのです。彼はできるだけ自分を滅却し、2000年前の遥か遠い世界、しかし彼にとっては最も親しく感じられる世界に自分を逃避させます。漢書匈奴伝に記された胡地の風土、それは書物でしか知り得ないが故に、彼には東京の街路より身近なものだったのです。三人の登場人物、李陵、司馬遷、蘇武は、ほとんど無邪気にも彼の分身であり、友人であるのです。自分の最も知悉した世界に遊び、最も好んだ人物たちを描き出すとき、神はこの薄命の作家にその規を越えた援助を与えたのです。

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