2021年4月30日 (金)

島崎藤村『新生』など

 

 いつの間にか四月も終わりそうで、慌てて記事を書くことにします。三月の記事の時から幾つかの出来事がありました。まず、税金の申告。いつものように妻のノートパソコンで申告してもらいましたが、けっこう面倒くさく、高齢者には大変なことだと思いました。それから真間川の花見。毎年行こう行こうとせつかれるのですが、花見客で混むのが嫌で断っていました。今年は何となく重い腰を上げたのですが、橋の上から川に沿って空に噴き上がるばかりの満開の淡い桜に驚きました。このような美しい桜が1週間も経たずに散り尽くして、真間川の川面を花筏で埋めつくし、ユリカモメがその上を滑るように渡って行くのですが、移ろいゆくものの何という潔さでしょう。

 最近明治文学を読み始めた妻の希望で、土曜日に浅草竜泉の一葉記念館と千駄木団子坂上の鴎外記念館を訪ねて見ました。一葉記念館はたいへん地味ですが、それがあまりに短く断ち切られた彼女の人生そのままを象徴しているかのようです。鴎外記念館では、サーベルとか軍服とか勲章を見たかったが、そんなものは一つもなく、ここもまた地味で、一様同様、「精神の王国」に一身を賭けた文人の潔ささえ見えるようです。

 四月半ばになって、ワクチンの接種券のようなものが送られて来ましたが、予約の受付の日時が記入されておらず、役所に問い合わせの電話が殺到したようです。けっきょく、前期高齢者は五月半ばになるようで、河野大臣によると、ワクチンはどうもモデルナかAZになるようで、モデルナなら打とうかと思っています。

 最近、家のすぐ近くに本格的なフランスの菓子とパンの店が開業しました。フランス人の夫と日本人の奥さんの二人の店で、すでに開店1ヶ月以上前から、インスタグラムで店の内装やメニューの品々を上げており、フォロワーも急激に増えていました。開店当日から何日かは行列ができるほどで、数日経ってから昼ごろ買いに行きましたが、目当てのクロワッサンやサンドイッチやパリブレストなどはとっくに売り切れて、仕方なくマドレーヌやフィナンシェやカヌレなど残っているものを全種類買って来ました。カヌレはパリのパン屋で買ったものより美味しかったです。店の雰囲気も完全にフランス風で、店に入るとボンジュール、帰る時はオヴォワールと全従業員が声をかけます。近頃、またヨーロッパへの旅の思いが強くなって、三里に灸するではないが、ウォーキングを再開したり、欧州旅行記を読んだりしています。欧米ではアジア人への憎しみが散見されるようで、2、3年は行けそうもないのが残念ですが。

 島崎藤村の『エトランゼエ』(筑摩書房版藤村全集第八巻)は、1913~1916の3年間のフランス滞在記で、1920年に朝日新聞に連載されたものですが、それを読んだら、フランスでの下宿生活が描かれているという小説『新生』(1918~1919)を読みたくなりました。藤村の小説にはあまり興味がないので読み通せるか心配でしたが、読み始めると意外に面白い。この小説は、だいたい三部構成で、最初は、手伝いに来ていた姪の節子との情交、次は姪との関係が発覚するのを恐れてフランスに渡航しての三年、最後に日本に帰国して節子と再会、そして別れるまでが詳細に(性愛描写は省略ですが)描かれています。

 藤村自身と思しき岸本捨吉(42歳)は妻を亡くして三年、残した四人の子供と隅田川の近くの貸家に暮らしています。そこに、田舎から次兄の義雄の二人の娘(つまり姪)輝子と節子が上京して来るのですが、輝子はじきに田舎に帰り、節子だけが岸本の子供の面倒を見るため残ります。節子は21歳の娘盛り、案の定、独り身の岸本の毒牙にかかり、あろうことか妊娠してしまうのです。当時、捨吉は名の知れた文学者•詩人で、そのような男が兄の娘と関係を持つことは世間的に非常にまずい。だが、時間は容赦なく刻まれ、節子のお腹は次第に隠せないほどになってくる。露見したら、信頼して寄越してくれた次兄にも、その嫁にも合わせる顔もない。近所の眼、マスコミの耳もある。やっと築いた名声も地に落ちてしまうでしょう。このハラハラドキドキ感が、ちょうどドストエフスキーの『罪と罰』を読むようで面白いのです。そういえば『破戒』にもそんな息苦しさがあって、町の噂や同僚のひそひそ話で、次第に追い詰められる丑松の心理描写が真に迫る。藤村は倒叙ものの推理小説を書けば傑作が生まれたかも知れません。

 しかし、血縁関係のある姪と爛れた関係になるとは私には想像すらできず、宮刑に値するとすら思えるのですが、捨吉は、とにかく保身ばかり考えて、この八方塞がりを抜け出そうとします。映画などでは妊娠した女性を殺して地上から抹殺したり、無理やり堕胎させたり、あるいは自殺したりするのですが、藤村は一番簡単な方法、つまり皆に公表して詫びるということがどうしてもできなかった。『破戒』の瀬川丑松は「実は、私は其卑賤しい穢多の一人です。」と生徒の前で告白して板敷の床に頭を擦り付けるのですが、岸本捨吉=藤村はそれすらもできなかった。正宗白鳥は、その丑松の土下座さえも、ソーニャがラスコーリニコフに言った言葉「四つ辻へ行って、みんなにお辞儀をして、地面に接吻なさい。そして、大きな声で世間の人みんなに、(私は人殺しです)と仰しゃい。」に表された真実味からは遠かった、と書いています。

 けっきょく、岸本は、不祥事を犯した政治家のように、誰にも黙って、ほとぼりの冷めるまでフランスに渡航してしまうのです。節子の父親にはむろんお腹の子のことを知らせねばならないのですが、それを知らせる手紙が乗船地の神戸でも出せず、上海でも出せず、ついに香港でやっと出す気になったのです。父親の義男からは、岸本のパリの下宿先に返事が来て、茫然自失したが、過ぎたことは仕方がない、このことは妻にも誰にも言わない、すべて忘れろ、と書いてありました。

 37日間の船旅の後、船はマルセイユに着いて、岸本はリヨン経由で、ついにパリに到着します。知人が紹介してくれた下宿はカルチェ•ラタンの奥、天文台とヴァル•ド•グラースの辺り、近くにリュクサンブール公園やモンパルナス墓地もあります。逃避のためのパリ滞在なので、とくに何もすることがなく、散歩をしたり、フランス語を勉強したり、知人から紹介されていたフランス人の家庭を訪問したりします。当時のパリには画家の日本人が多く滞在しており、岸本は彼らとよく酒を飲んだりしましたが、岸本一人は常に憂い顔で楽しみません。時にはとくに親しくなった岡という画家のアトリエを訪ねて、モンパルナスからパスツールまで行くこともありました。節子の手紙はシベリア経由で何度も届きますが、岸本はろくに返事も出しません。節子は田舎にある親切な女医の家で男子を産み落としますが、その子は直ちに人に貰われて、節子は貰い先の名前さえも教えてもらえません。岸本はこの不幸な赤子には興味がなく、ひたすら時の経つのを待ちます。

 1914年第一次大戦が勃発し、外国人は出国不能となります。動員mobilisation が始まり、パリの街はにわかに慌ただしくなりました。ほどなく、ドイツ軍がパリ近郊に迫りつつあると報じられ、市民は荷物をまとめる時間もなく、我先にパリを脱出します。岸本もドゥルセー駅(今のオルセー美術館)からオレルアン鉄道で下宿の大家の田舎であるリモージュに避難しました。田舎でのんびりした日々を送る間、パリではドイツ軍の飛行船が爆弾を落として行きます。ようやくドイツ軍が後退し、パリが安全になると、岸本はただちにパリの元の下宿に戻りましたが、馴染みのカフェの主人はベルギーで行方不明になったりしています。

 英国行きが許されたので、岸本は大戦中だが、ロンドンから出港する日本郵船の汽船に乗って欧州を後にします。スエズ運河が閉鎖されているので、希望峰を回って55日間かかって神戸に到着、三年ぶりの故国、しかし、節子との関係を知っている兄の義男は重苦しい顔で岸本を迎え、三年間の子供の養育費その他を捨吉に要求します。近くに貸家を見つけ、捨吉は子供達とともに移りますが、手伝いに来る節子と再び愛欲の関係に陥ります。その後いろいろあって、節子が岸本の長兄が暮らす台湾に渡って物語は幕を閉じます。

 読後すぐに平野謙の『島崎藤村』(岩波現代ライブラリー)を図書館で借りて読んだのですが、其の中の「新生論」は圧巻です。平野の記述はただ一点、何ゆえに藤村は告白小説『新生』を書いたのか、に絞られていきます。この小説が朝日新聞に掲載された時の衝撃は大きく、義男兄は激怒して藤村と義絶に至ります。節子(本名はこま子)は内地にいられなくなり台湾に移住します。藤村の『新生』執筆の理由は二つ、一つは節子から自由になること(それにより自由な恋愛もしくは再婚が可能になる)、もう一つは秘密をネタに藤村から永久に金を引き出そうとする義男から自由になることでした。そして、この企みは成功し、藤村は世間からの非難どころか逆に「誠」を追求する真摯な文学者との評価さえ受けてしまうのです。彼は、こま子を台湾に見送ってから一顧だにせず、彼女が貧窮して養育院に保護された時に仕方なく知人を介して金を送っただけでした。

 平野は、さらに『新生』の前作『家』で登場し、親密さを仄めかす情景で終わっている姪を、それまで考えられていた節子(こま子)ではなく、長兄の娘(『新生』では愛子)だと証明しています。とすると藤村は長兄、次兄の二人の姪と関係したわけで、愛子の場合はきれいに別れられたが、節子は妊娠させてしまった、というわけです。正宗白鳥は、藤村について、小説は下手、思想も浅い、人柄も悪い、運•根•鈍の典型としていますが、さらに性慾も強いと来ては偉大な文豪ながら哀れにも感じられます。この記事はひとまずここまでとして、藤村以外の自然主義作家については近々書きたいと思っています。

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真間川の花見で撮ったもの。満開の写真はネットにたくさんあるので、幹に咲いた可憐な花を選びました。

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一葉の文机の複製。硯と筆は本物らしい。右奥の黄八丈の着物は「萩の舎」の発会式で一葉が着たものの複製。

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鴎外記念館では観潮楼(鴎外の邸宅)の遺品展が開かれています。右は妻が買った手拭い。

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鴎外記念館のカフェでドリンク付ランチセット(1000円)を食べました。近くのドイツ菓子の店の誂えものだそうです。

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家のすぐ近くに開店したカフェ•デュボア。本格的なフランス菓子、フランス人の主人は愛想がよい。

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図書館で借りた藤村集と平野謙の『島崎藤村』

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