2024年4月26日 (金)

読書余滴 レヴィ=ストロース(2)

 

 「十一世紀に書かれた『源氏物語』が、世界文学の最高傑作の一つであるのは、そこに詩の息吹があり、人とものとの胸をつく憂愁が全篇にただよい、そしてまた、七、八世紀を経てはじめて西欧が到達し得た微妙さと奥行きの深さをもつ心理分析があるからだけではない。平安時代の日本の宮廷生活についてのこの入り組んだ物語は、ゆっくりと展開し、微細なデテールを見逃さず、民族学者にとって、多くの貴重な示唆に富んでいる。ことに、当時おそらく他でも起きたであろう社会変革については、他に情報源がほとんどない状況であり、これは計り知れない価値をもつ原資料である。」 

 小論集『はるかなる視線』(みすず書房•三保元訳)の第五章「おちこちに読む」をレヴィ=ストロースは、このような文章ではじめています。『源氏物語』が、なぜこの人類学者の興味を引いたのか。それは、やはり『はるかなる視線』に収められた「家族」という小論を読むとよくわかります。「家族」は大著『親族の基本構造』の要約ともいうべきもので、家族とは何か、家族と社会との関係とは何かが巧みに述べられています。それについては後述するとして、とくにその中で、イトコ同士の結婚の奨励もしくは規制は、どの民族においても最重要課題で、その厳格な制度の複雑さは、レヴィ=ストロースがかのブルバギの創設メンバー、アンドレ•ヴェイユにその数学的解析を相談したほどでした。

 ところで、イトコ婚を根幹とした民俗的調査の集積は、その構造の仕組み、変化の理由について明らかにしてきたのですが、しかし、この変化を個体がどのように生きたのか、彼らの意識にどのような反響があったのか、また彼らに変化を推進させ、あるいは変化に甘んじさせた動機が何であったかについて、われわれにはほとんど何もわかっていないのだとレヴィ=ストロースは述べています。

 ここに、『源氏物語』が極めて稀な証言者になっている理由があるのです。そこに至る前に、平行イトコと交差イトコという用語について確認しておきましょう。平行イトコとは父の兄弟(つまり叔父)の息子•娘、交差イトコとは父の姉妹(つまり叔母)の息子•娘のことです。地域によっては、交差イトコ同士の婚姻は認めるが、平行イトコ同士の婚姻は認めない部族もあり、その理由は、兄弟同士、姉妹同士がそれぞれ一つ集団を形成する場合があるからだそうです。早速、『源氏物語』を見ていきましょう。

 頭中将(光源氏の正妻だった葵の上の兄)は、母親の家を後にしながら、娘(雲居雁)と甥(夕霧、姉葵と源氏の子、交差イトコ)との結婚の損得について思いめぐらせています。「…いと口惜しく、悪しき事にはあらねど、珍しげなきあはいに世の人も思ひ言ふべき事」(「少女」)(イトコどうしの結婚はまったく考えられなくはないが、問題が起きないにしても、世間的にはおそらく何の得にもならないだろう)。二日後、頭中将は母とこの計画について話し合い、自分の考えを述べます。「真に天の下雙(なら)ぶ人なき有識には物せらるめれど、親しき程に斯かるは、人の聞き思ふ所も、淡つけき様になむ、何ばかりの程にもあらぬ中らひにだにし侍るを、かの人の御為にも、いとかたはなる事なり。さし離れ、きらきらしう珍しげある邊(あた)りに、今めかしうもてなさるゝこそをかしけれ。」(相手は確かに学識もあり才能豊かな青年で、宮中の誰よりも歴史に通じているかもしれない。しかし、身分の低い人たちのあいだでもイトコどうしの結婚はどちらかといえば困ったことだし、下品でさえある。娘のためにはならないだろう。相手にしても、裕福で品位のある女性をもっと広い範囲から探したほうがいいだろう。)

 同じような状況が、父親になった夕霧にも訪れます。夕霧は娘を薫と匂に嫁がせようと考えます。薫は夕霧の義弟と思われているが、実は夕霧の妻の兄の子で、匂は夕霧の父である源氏の娘(異母)の子です。ここでの親族関係は極めて複雑で、いずれにしても、夕霧が最初に思ったことは(自分も母方の交差イトコと結婚しているのだが)「流石にゆかしげ無き中(なか)らひなるをとは思ひなせど、…」(匂宮)(一般には近い親戚どうしの結婚はあまり利がないと思われている)ということでした。匂の宮にいたってはさらに気が進まないようすで「ゆかしげ無き中らひなる中(うち)にも、大臣(おとど)の事ごとしく煩わしくて、何事の紛れをも見咎められむがむづかしき」(匂には関心がないようだった。この縁組には、ゆかしさもなければ、心躍ることもなかった。それに夕霧はとかく律儀でかた苦しく、匂の些細な行いにも大仰な騒ぎをするのだった)と言っています。

 「これらの数例を見れば」とレヴィ=ストロースは書いています。「源氏の登場人物の思いのなかで、イトコ婚がより遠い親族間の結婚と対立するものと捉えられている理由が、充分に理解できるであろう。イトコ婚はたしかに安定した生活をもたらすだろうが、単調になる。何世代にもわたって、同類または類似の縁組が繰り返され、同じ家族•社会構造がただ再現される。逆に、より遠い親族との結婚は、たしかに危険であり冒険でもあるが、投機の対象になり得る。この種の結婚は斬新な縁を結び、歴史は新しい連合の作用で大きく揺れることになる。」

 『源氏物語』では、イトコ婚は決して推奨されてはいません。しかし、その解釈の反証となる場合が一度だけあって、それは他ならぬ当代の天皇で、とくに微妙な状況の打開をはかろうとしてのことでした。

 皇太子であったころ、天皇は左大臣の娘藤壺(源氏の義母である藤壺とは別人)を深く愛し結婚したが、身分の低い家柄であったため皇后にすることができなかった。藤壺は、遅くなって娘を産みましたが、父•天皇は二の宮の位にあげただけでした。しかし、二の宮は天皇の娘であったので、「母女御よりも、今少し静やかに、重りかなる気色の勝り給へるを…」(母より少しうえであるだけだった…「宿木」)そして母藤壺が急死すると、「御母方とても、後見(うしろみ)と頼ませ給ふべき、御伯父など様のはかばかしき人もなし」であったので、いきなり二の宮の将来が危ぶまれるようになりました。そこで、天皇は自らが皇位にあるうちに二の宮を縁づかせようとしましたが、血筋としては高貴だが、母方に貴族がいないことから、適当な相手がなかなか見つかりませんでした。

 一方、当代の天皇の父の治世のころ、天皇は、三の宮を異母弟である源氏に与えました。源氏もまた、母が身分の低い出であり、母方に適当な後ろ立てももなかったのです。この下位者との結婚は非難を浴び、二人の年齢差もあって不釣り合いな結婚と見られました。この結婚で出来た薫は実は源氏の子ではなく、柏木と三の宮の子でした。

 当代の天皇は、この同母異父の甥、薫を二の宮の夫と考えたのです。薫は、当代の天皇の妹である三の宮の子ども、そして二の宮は当代の天皇の娘なのですから、これは非の打ちどころない交差イトコ婚です。天皇は、この縁組によって(先代の時と同様)ある種の平衡を保とうとしたのです。「…やがてその序のままに、この中納言より外に、宜しかるべき人また無かりけり」(これほど適当な候補者がほかにあろうか…先代での例にならうのが最良の策だ。「宿木」)

 これとやや同じような例がフランスにもありました。ルイ十四世はモンテスパン夫人との庶子であるフランソワーズ•ド•ブロワをフィリップ•ドルレアン二世と結婚させたのです。ドルレアン二世はルイ十四世の弟フィリップ•ドルレアン一世の子供ですから、これは平行イトコ婚になります。この身分違いの結婚はドルレアン家を憤激させたのですが、そのためにドルレアン二世はルイ十四世に貸しができて、その後ルイ十五世の摂政になり、フランソワーズは皇后に次ぐ宮中の女性第二の地位に上りつめました。

 イトコ婚は、秩序が歪曲されそうな時に、未然に危険を察知して、秩序を守ることを可能にします。つまり、適切な選択による縁組によって傍系親族の一家系が他を圧して独自の歩みをはじめるのを妨げ、親族どうしの格差を是正しようとします。 しかし、それがあまり行き過ぎると、均等になりすぎて、かえって親族どうしの競争が激化します。「社会が不安定な状況では、何よりも安全第一とする慎重策が婚姻についての選択を律しているが、イトコ婚についての関心は、10、11世紀の日本では次第に薄れる傾向を見せ、当時の文学がその心理的動因を明らかにしている。危機的状況がない限り、社会は歴史に対峙すると、明確に意識して歴史に参入しようとする。」

 ちなみに、フランスでは近代の自動車交通の発達で、イトコ婚がまた復活してきているそうで、今まで疎遠だった傍系親族が出会う機会が増えているからということです。イトコ婚というと、夕霧と雲居の雁のように幼馴染が発展して恋愛に至るロマンチックな相愛が思い出されますが、日本ではイトコ婚が法的に許されている(禁じられているのは三親等、叔父と姪もしくは叔母と甥まで)のに最近はあまり聞きません。なお、アメリカでは州によって四親等(イトコ)までの結婚が禁じられている州が多く、これはピューリタニズムの影響でしょうか。

 さて、いよいよ、『はるかなる視線』第三章「家族」に入りましょう。これは、この小論集の中でもっとも重要な論稿だと思います。まず、レヴィ=ストロースは、一夫一婦制の単婚が、もっとも複雑で進化を極めたものだという考えを一蹴します。それは19世紀末から20世紀にかけての生物進化論の影響を受けたもので、それによると、「未開人」の原始的雑婚や集団婚は、人間が野蛮であった時代の名残りで、いつかは単婚制に進化すべきものとされていました。

 このような偏見は、民族学的なデータが集積されるに従って正されるようになっています。一夫一婦制や若夫婦の別居、親と子の愛情など現代の家族に特徴的な事柄は「未開」の部族にも普通に見られるもので、「集団婚」の発展は、その民族特有の機能的なものでしかないのです。アフリカのマサイ族やチャガ族の男は戦争に明け暮れているので、軍隊のような集団生活を営み、それはちょうど軍事国家だったナチスが、男を兵舎に集め、女を3K(küche,kirche, kinder 台所、教会、子供)に縛り付けているのと同じで、家族細胞が破壊されつつある状態なのです。一夫多妻は、たくさんの妻と子を養える男の合理的な選択(労働力が増える)だし、一妻多夫は、ネパールやチベットの部族のようにガイドや強力で長期間家庭を離れる男が、交代で夫の一人を残して家族を守る必要が生じた時の選択でした。

 それでは、なぜ単婚が現代において一般的になったのか。単婚が人間の本姓の特質でないことは、多くの社会に複婚が存在し、しかも様態が多様であることで充分に証明されていますが、それでも婚姻形態として単婚がもっとも多いのは単純な理由、つまり男と女がほぼ同数だからでしょう。単婚に法的位置付けがされていることも大きい。単婚の社会では、結婚自体に価値を認めることが多いし、子供のいる家庭の方がいない家庭より価値を持つと思われやすい。それは、多くの社会では生活が大変で、労働力を分け合う必要があるからです。レヴィ=ストロースは南米中央部のボロロ族の調査中に一人の独身の男に出会ったが、明らかに汚れた感じで不健康に見えたそうです。妻がいないと、毛髪のシラミをとったり、陶器を焼いたり、カゴを編むなどをする暇がなく、直ちに生活に窮するのです。現代の日本で、若者に結婚願望が少なくなっているのは、まさに逆の機能的な理由によるので、家族を抱えて生きるのが昔に比べて苦しくなっているからでしょう(何年もの住宅ローン、スライドドアのワゴン車、大学までの教育費など)。

 ここで、家族と社会との関係についてのレヴィ=ストロースの考えを整理しておきましょう。まず、家族はどうやって生まれるのか。両性が出会って婚姻関係を結び、子供が生まれます。労働の分担が生まれ、男は狩猟(耕作)および子育て、女は耕作(狩猟)および子育て、子供は成長し、家族の労働力となりますが、発展はそこまでで、遠からずこの家族は消滅します。家族が再生し続けるためには、他の家族と女性ないし男性を交換する必要があるからですが、小規模な社会では、その組み合わせはすぐに手詰まりになってしまいます。

 よって、ここに社会が出現しなければならないのですが、実は、家族は社会と同時に出現する、言い換えれば、社会なしに家族はあり得ないのです。他の部族は敵であると同時に、また社会の再生に必要な同類でもあるのです。家族が二組なら互いに全女性(あるいは全男性)を交換します。4、6、8…組と増えれば交換形式は複雑になり、奇数の組みも考えると膨大な数になります。この複雑極まりないゲームを進行させる規則は一つだけで、それは近親相姦の禁止です。近親相姦の禁忌は、人間の体内に先天的に組み込まれたものではなく、それが家族が孤立して消滅するのを救う唯一の手段だからです。

 近親相姦の禁忌の具体的規則は地域、民族、部族によって様々ですが、基本的には、社会は、濃密な近親関係を持つ者との婚姻を禁止するだけで、容易に再生し続けることができます。しばしば問題になるのは、イトコ婚を許容するかどうか、あるいは交差イトコと平行イトコの婚姻における区別をつけるかどうかです。部族によって決定されたこの種の規則は、非常に厳密に守られ、この規則は決して破られません。

 ところで、そもそも家族とは何かを考えると、それを自然の基盤に還元することはとてもできません。性欲さえも家族とは何かを探る手助けにはなりません。キリスト教は千数百年の間、夫婦以外の性行為を禁じてきましたが、それは地球規模でみれば例外中の例外です。通常では、婚姻の計画において、性的配慮がなされることはほとんどありません。それ以外の姓的関係が無限に考えられるからです。

 レヴィ=ストロースはこう書いています。「生殖本能も母性本能も、夫と妻、親と子の情愛も、これらの要因の組み合わせも、家族とは何かを知る手立てにはならない。これらの要素がどれほど重要でも、それだけで家族が誕生するわけではない。その理由はいたって単純だ。ヒト社会では、新しい家族の創造には二つの家族がまえもって存在することが絶対条件としてあり、この二つの家族がそれぞれ、男性、女性を供給して、その婚姻によって第三の家族が生まれ、その過程が無限に繰り返される。いいかえれば、ヒトが動物と異なる点は、人類では、まず社会が存在しなければ、家族が存在し得ない点である。」

 「女性は交換される記号である」という言葉は構造人類学のもっとも印象的なテーゼですが、むろん、女性という語を男性に置き換えても成り立ちます。レヴィ=ストロースは無神論者なので、当然、神という語は使いませんが、社会=神は、地上という将棋盤の上で人間を駒に壮大なゲームを展開しているのです。家族はそれぞれ一つのチームなのですが、社会=神は、このチームにいかなる配慮も与えず、むろん永続させることを許してなどいません。チーム=家族は一定の時間しか存続できず、個体、つまり構成要素は絶え間なく移動させられ、貸借の対象となり、譲渡され返済され、その結果解体され、残った一部の個体が新たな家族を創設します。家族が解体するまでの期間は様々ですが、いずれにしても「汝の父と母を離れるであろう」という聖書の言葉は社会と家族の関係では金科玉条=永遠の法則なのです。

 レヴィ=ストロースは、最後に、家族と社会についての興味深い比喩を書いています。

 「ゆっくりと難渋しながら旅行する場合には、頻繁でしかも長い休憩が必要である。早くしかもたびたび旅行ができるとすれば、理由は異なるがやはり、息をつくために頻繁に止らなければならない。また、道路の数が多ければ多いだけ、交差する可能性も大きい。社会は個々の成員と、誕生によっておのおのが帰属する集団に、絶え間なく交差し触れ合うことを強制している。この側面からみると、家族生活はただ、交差点で歩調をゆるめ、一時休息する必要に応えているだけなのである。しかし、歩みを続けよ、というのが命令である。一時旅が中断される宿営地だけが旅ではないのと同じように、社会は家族によって成り立っているのではない。社会における家族は、旅行における一時休止と同じように、社会の条件であると同時にその否定でもあると言えよう。」

 レヴィ=ストロースについては、もう一回書いて終わりにするつもりです。四月は体調を崩してほとんど何もできませんでした。腰痛の再発で、立ったり座ったりが辛い。また、老人特有のものでしょうが、逆流性食道炎で、油っこいものが受け付けなくなり、酒もビールくらいしか飲めません。幸い、MRIの脳血管検査は何事もなかったのですが、五月の血液検査がどうなるか心配です。最近、猫と遊んだだけで息切れするので体力の衰えを強く感じます。血圧は安定していますが、今朝の体温は35、0で、低すぎるので何となく不安です。三月の旧友の死も少なからず衝撃でした。彼は私よりずっと壮健に思えたからです。また、昔の記事の引用になりますが、シクロフスキー『革命のペテルブルク』で紹介したローザノフの言葉。

 「廊下の通風穴は、さほど荒々しくはなかったとはいえ、うんざりするほど執拗に、ひゅうひゅうと唸り続け、私は泣き出さんばかりだった。その唸りを聞くためにでも私は生きていたい。だが大事なことは、友もまた生きねばならぬということ、それから、思う、彼(友)はあの世で、通風孔の音をもはや聞けないのではないか。それから、不死への渇望にかられ、私は床にうずくまんばかりにして、髪の毛をつかんだ。」 

 あたりまえですが、生きているうちに生きないと、たいせつな時を無為に過ごさないように…

 

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図書館で借りたレヴィ=ストロース『はるかなる視線』。「おちこちに読む」「家族」は(1)の巻に入っています。

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「源氏物語」の系図。(松岡正剛「千夜千冊」1570話『源氏物語』よりお借りしました)

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サーディ。テレワークする妻の膝の上で。

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ルーミーのぬいぐるみと。一人遊びの相手です。

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テーブルに飛び乗ってくるので、食事の時はケージの中に。

 

 

 

 

 

 

 

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