2016年8月21日 (日)

オデオン広場ふたたび(8)旅の終わり・ブタペスト美術館展

6月24日(金)

     帰国の日。昨日衝撃的なニュースがありました。英国のユーロ離脱で、まさか国民投票で決まるとは。大方の識者の予想をうらぎった結果ですが、私たちには些かうれしい影響が、、、というのもホテル代の清算を精算時のユーロだてにしているからで、すでにユーロは一時的に110円を切る勢いで下落しています。部屋の片付けを手早く済ませ、10時前には清算し、飛行機は深夜発なので荷物をレセプションに預けて、最後の街歩きに出発しました。

   まずサン・ジェルマン・デ・プレへ。L'Ecume des Pages で文芸書を立ち読みしました。出ようとすると、妻が、これを買って、と『巨匠とマルゲリータ』のフランス版のペーパーバックを持ってきました。それを買って、オデオンの交差点まで歩いて、最後にどこか良いカフェに寄ろうと思い、オデオン交差点の cafe les Editeurs に入りました。まだ昼間ですが席はほぼ埋まっています。私たちは朝食用のコーヒーとクロワッサンorパン・オ・レザンのセットを頼みました(2人で11ユーロ)。ところが、クロワッサンが品切れになったとのことでパン・オ・レザンを3つ運んできました。ひとつはサービスとのことです。

    一休みして、les Editeursの前のAvant Comptoir でハムのサンドイッチを買ってリュクサンブール公園のベンチに座って食べました。なぜか帰国の日は毎回こうして昼食をたべています。食べ終わってもまだ時間がたっぷり残っているので、ちょうどリュクサンブール美術館で開催されている「ブタペストの傑作展」に行ってみることを提案しました。これはブタペスト美術館が長期の改装に入っていることを利用して名だたる傑作がパリに移送展示されているものです。入場してみると展示は思った通りすばらしい。デューラー、アルトドルファー、グレコ、ティントレット、ゴヤ、 モネ、マネ、ゴーギャン、セザンヌ等々、これほどの凝縮した展示は日本ではなかなか見られないでしょう。さらに、あまり馴染みのない地元ハンガリー出身の画家たちの絵も興味深い。見終わった後では妻もたいへん満足気で、旅の最後に良い絵をたくさん見れてよかったと言っていました。

   リュクサンブール美術館を出て、リュクサンブール公園の金の鉄柵に沿って歩き、サン・ミッシェル通りをホテルに向かって歩く途中で、ソルボンヌ広場の哲学専門書店 J. VRIN に寄ってみました。最終日にこの本屋に寄るのが慣例のようになっていますが、私がいろいろ迷っているうちに妻が『論語』のフランス語版(原文付)を買っていました。それだけ買ってホテルに戻り、荷物を受け取って、地下鉄でエトワール広場へ。ところが、いつものリムジンバス乗り場が違う場所に移っていて、しかもエール・フランスから委託会社の違う塗装のバスになっていたので、探すのに苦労しました。バスのテロが心配だったが、無事空港へ。今回オデオン座を案内してくれた妻の文通相手が、土産は空港のマークス・アンド・スペンサーで買うといいよと教えてくれたので、そこでお茶やお菓子を買いました。搭乗前に何か食べようとマークス・アンド・スペンサーのサンドイッチを一つずつ買ってベンチで食べましたが、これがとても美味しい。モノプリやフランプリなど問題になりません。また何でも安いので、私が大きなきゅうり(コンコンブル)をカゴに入れていたら妻から取り上げられてしまいました。出国手続きを終えて、私が売店で買ったパリ・マッチを読んでいると、化粧品の売り場に行っていた妻が私に「こっちに来て」と言っています。行ってみると、シャネルのマニキュアの色で迷っているらしく、私に相談してきました。私には全部同じ色に思えたが、帰国の時に免税店で買い物をするのが妻の楽しみなので、真剣にアドバイスしました。

    今回のパリ旅行は、たぶん(私にとって)最後のパリとなるでしょう。大きなトラブルもなく、これまででもっとも満足のいく旅行だったと思います。早く買ったチケットのおかげで、往復とも窓際の二人席を取れたのは幸運でした。ユーロが下がっていたのも僥倖でしょう。今度はどこへ行くべきか。イタリアかイギリスかドイツか。ポルトガルやスペインも良いでしょう。スコットランドやアイルランドも食指が動きます。しかし、本当のことを言えば、どこにも行く気になれないのです。何年か経って、もう一度パリを訪れることがなかったとしたら、グザヴィエ・ド・メーストルの Voyage autour de ma Chambre(書斎をめぐる旅)のごとく、本に埋もれた部屋で思い出と夢想の日々を過ごすことでしょう。

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サン・ジェルマン・デ・プレの本屋 L'Ecume des Pages.

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オデオン交差点のカフェ・エディトゥール。editeurは出版社とか編集という意味。店内の壁は書棚になっています。店員の態度、店の雰囲気、料理の質、トイレなどの綺麗さ、総合的に考えて、パリ最高のカフェの一つであると思います。

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カフェ・エディトゥール。オデオンの交差点際にあります。

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Avant Comptoirで買ったJambon(ハム)のサンドイッチをリュクサンブール公園のベンチで食べました。妻はここのサンドイッチが一番美味しいと言っています。

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「ブタペストの傑作展」から。ルーカス・クラナッハ(1472〜1553)の「洗礼者ヨハネの首を持つサロメ」。クラナッハはこのサロメとやはり同じような趣向の「ホロフェルネスの首をきるユディット」をたくさん描いており、このグロテスクでエロティックな絵画の需要が並々でなかったことを思わせます。残酷趣味も官能美も聖書から由来のものであれば許されたからです。出来不出来はあるが、このブタペスト美術館のサロメがもっとも素晴らしい。

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エル・グレコ(1541〜1614)の「受胎告知」。ほとんど同じものが大原美術館にもあります。ブタペスト美術館はスペインに次いでグレコを多く所蔵する美術館だそうです。グレコの独特の画調は好き嫌いがありそうですが、その偽りのない深い宗教性には胸が打たれます。

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オランダ17世紀の代表的な風俗画家ピーテル・デ・ホーホ(1629〜1684)の「窓辺で手紙を読む女性」。フェルメールにも同名の絵があるが、この二人はデルフトの同じ組合に属していました。ともに風俗画を得意としていますが、フェルメールが劇的で詩的で独自のオーラを持っているのに対して、デ・ホーホは日常の情景を散文的に正確に描こうとしました。非個性的な職人的な誠実さ、それが彼の際立った個性なのです。なお、窓から見える尖塔はアムステルダムの西教会。

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ルーヴルで見ることができなかったフランス・ハルス(1580〜1966)にリュクサンブールで会えるとは。私はレンブラントの数点を除いては、フランス・ハルスに勝る肖像画家はオランダにはいないと思います。この「ある男の肖像」は結婚式の正装をした男の肖像だが、このまま話しかけてきても私たちは驚かないでしょう。フランス・ハルスの優れた肖像画は、皆、笑っているか酔っているか、あるいはその両方です。

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ハンガリーを代表する三人の画家が続きます。ムンカーチ・ミハーイ(1844〜1900)の「マントを着た男」。パリで長らく暮らしていたが、そのリアリズムは言い難い複雑さがあります。ハンガリーの国民画家とも言われています。

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パリで印象派の洗礼を受けたシニェイ=メルシェ・パール(1845〜1920)の「ひばり」。彼の作品としては「五月のピクニック」の方が出来がいいが、それはあまりにフランス印象派がかっています。この「ひばり」の明るさ非現実さはフランス印象派の誰も真似できないでしょう。なお会場では、この絵を模したポーチや文房具が売られていました。

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ヨーゼフ・リプル・ロナイ(1861〜1927)の「鳥かごと女」。この展覧会の目玉というべき素晴らしい作品。鳥かごと壁の緑、ソファの青、ドレスのワイン色、肌の光などは実物を見るに若くはありません。この絵はフランス滞在中に描かれ、その後リプル・ロナイはナビ派の運動に参加しました。シンプルな図柄なのに、いつまで見ても飽きることはありません。

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右の二冊が妻がこの日に買った本。『孔子』と『巨匠とマルゲリータ』。

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